大学に入学し1年生の選択授業 社会学「余暇論」の第一回で、授業の最後に雑学を書いて提出することが求められた。
「ぐっすり」のいう言葉は寝る時にしか使わない。
なぜなら、英語の「good sleep(グッドスリープ)」の略から来ているからだ。
と書いて提出したところ、教授が大変興味を持ったようで、第二回目の講義中に私の名前を連呼して探していたらしい。
当の私は、歴史学を選択したため聴講してなかったが……。
結論から書くと「ぐっすり」はれっきとした日本語。
ぐっすり
[副]
1 深く眠っているさま。熟睡するさま。「ぐっすり(と)眠っている」
2 物を突きさす音、また、そのさまを表す語。
「泥濘(ぬかるみ)へ—片足を踏み込み」〈荷風・つゆのあとさき〉
3 十分にするさま。
「雪を掻いて祝儀を貰ひ、晩には—暖まらう」〈伎・霜夜鐘十字辻筮・四〉[引用] デジタル大辞泉
この嘘の言い出しっぺと語源について記載しておく。
話題に上がったので調べてみたがテレビでも扱われたようで多くのサイトがヒットした。
が、独自調査してる人は少ないからネタが似たりよったり。
この記事の「ねほり度」 ★★★★☆(独自調査が含まれ、一般人には提示できるレベル)
この勘違いの言い出しっぺは?
私は1999年には「good sleep」説を知っていた。
このような語源を「民衆語源」とか「語源俗解」「民俗語源」「通俗語源」と呼ぶ。
「世界一受けたい授業」の唐沢俊一氏のネタ(2005年)
2005年1月25日放送の日本テレビ系「世界一受けたい授業」で評論家・唐沢俊一氏が雑学の一つとして披露している。
よい子のみんなは、テレビで語られる評論家のネタなんて信じちゃ駄目だぞ!
そして約1ヶ月後、2005年3月2日に同じく唐沢俊一氏がスーパーバイザーを務めていたフジテレビ系列「トリビアの泉」で「ガセビアである」と完全否定されている。
その放送内容がこちら。
No.007 『ぐっすり』は『Good Sleep』からきているのはガセ」
日本語の語源に詳しい埼玉大学教養学部 山口仲美教授に聞いてみた。
それは全然違います。
「ぐっすり」は鎌倉時代の「ぐす」という言葉から来ているんです。
それが江戸時代に「ぐっすり」になりました。「十分に」という意味なんですね。
ちなみに「十分に寝ること」は英語では
「have a good nigh’t sleep」であって「Good Sleep」ではありません。
ですから「ぐっすり」は「Good Sleep」からきたというのは間違っています。
フジテレビは日本テレビのガセ内容を見て準備した……かは定かではないが絶妙のタイミングでガセビア認定したため、後世まで語れる珍話となった。
三谷幸喜氏のエッセイ「オンリー・ミー」(1993年)
「叔父」というタイトルのエッセイの中に「江成おじさん」の思い出語りのシーンがある。
「夜、寝る時に『ぐっすりおやすみ』って言うだろう」
何の話か、すぐにはぴんと来なかった。
「俺さあ、ひらめいたんだよ、どうして『ぐっすり』って言うのかって。あれはもしかしたらね、good sleepの略じゃないかな、どう思う?」
「それはあるかもしれないね」
「これはすごい発見だと思うんだ。でもこんなすごいこと発見したのに、世間に発表する方法が思いつかんのだ、俺には」
そして江成おじさんは哀しげに笑ってみせた。
「まるで百メートル競走で世界記録を出したのにさ、誰も見てなかった。そんな気分だよ」
というわけで、僕はこの場を借りて、江成おじさんの一大発見をここにお伝えする次第である。あの日の肝試しを盛り上げてくれたことへの、僕からのささやかなお礼である。
「叔父」「オンリー・ミー」(幻冬舎)P13-14
今のところ三谷幸喜氏のエッセイが文献としてはもっとも古いが、世の中に広がったのは次に紹介するテレビ番組の影響が大きいだろう。
警部補・古畑任三郎 11話「さよなら、DJ」(1994年)
これもネットで噂になっていた。
1994年6月22日放送、古畑任三郎の11話「さよなら、DJ」で桃井かおり氏が演じるDJが紹介していたとの事。
見てみたが肝心の「Good Sleepの略」という説明は無かった。
ねぇ「ぐっすりお休みなさい」という言葉があるじゃないか。
あの「ぐっすり」って、どうして「お休み」のときににしか使わないわけ?
「ぐっすりお働きなさいよ」とか、うーん「ぐっすり付き合おうぜぃ」とかさ。どうしてそういう風に使わないわけ?てな事で、長崎の佐世保はちなみに「(フランス語)セ・シ・ボン」から来ているそうです。
今夜のゲストは池田貴族さんです。
因みに脚本は三谷幸喜氏。
つまり前述で紹介したエッセイのネタをテレビ番組でも紹介した形になる。
江戸時代から多く使われる日本語
「ぐっすり」は、江戸時代の文献に出てくる正真正銘の日本語だ。
40年以上の年月と3000人を超える専門家の協力を得て完成した、日本が誇る最大の国語辞典「日本国語大辞典」には多くの意味と用例が掲載されている。
- ①よく寝込むさま
- ②十分なさま(関西方言などにも見られる)
- ③すっかり濡れ通ったさま(「ぐっしょり」と同じ)
- ④残らずするさま(「ごっそり」の混交?)
- ⑤物を突き刺す音(「ぐっさり」の混交?)
多くの意味が存在していたが、現代の共通語の「ぐっすり」は熟睡する意味のみという不思議な言葉。
この「ぐっしょり」や「ぐっさり」と意味的に重なる「ぐっすり」については、発音が似通っているところから混交して生じた用法の可能性も考えられる。
時代をさかのぼって用例を幾つか紹介する。
歌舞伎の演目「四十七石忠矢計(十二時忠臣蔵)」(1871年)(用例②)
明治時代(1871年)に作られた歌舞伎の演目「四十七刻忠箭計(十二時忠臣蔵)」に
又ぐっすり呑めるぜ、おい旦那は御如在がねえな
という台詞がある。
意味は「十分に」「しっかり」であり、明治時代になっても熟睡以外で利用されていた事が分かる。
歌舞伎や方言では複数の意味で用いられており、これは関西方言などにも見られる。と「暮らしのことば 擬音・擬態語辞典」には書かれている。
為永春水の「春色雪の梅」(1832年)(用例①③)
1832年(天保3年)の為永春水の「春色雪の梅」には二つの意味の用例がある。
「前後を知らず一寝入り、ぐっすり眠りて眼さむれば」(「春色雪の梅」 四・上)
「ヘン、いめえましい雨だぜ、ぐっすりと濡れたア」(同 三・中)
黄表紙「即席耳学問」(1790年)(用例④)
1790年(寛政2年)に書かれた「黄表紙・即席耳学問」という書物にはこのような一文が載っている。
18世紀ごろの物語で、早稲田のアーカイブにありました。
其身六十にあまる比は、人も知る金持ちとなりしを、ぐっすり息子に譲り、名を学心と改め
【現代語訳】六十余歳頃には、金持ちになって(そのお金を)「ぐっすり」息子に譲り、名前を「学心」と改めた
くずし字は読めないので、アプリ「miwo」を利用してみた。
この「ぐっすり」は「ごっそり」の意味として使われている。
「清書帳」(1725年)(用例①)
雑俳「清書帳(享保10(1725年))」では、現代の共通語と同じ「よく寝こむさまを表わす語」の意味で使われている。
ちゃんと爰へ来てグッスリと寝て
俳諧・飛梅千句(1679)(用例④)
俳諧・飛梅千句(1679)賦何三字中畧俳諧に「ごっそり」の用例で使われている。
※ 残らずするさまを表わす語。すっかり。そっくりそのまま。
月とおもふ花請出してもつ斗〈満平〉 かぶろの胡蝶も根からくっすり〈友雪〉
「ぐっすり」の語源は何か?
語源としては今のところ 次の3点が見つかっているが、「本当の語源は何か?」と聞かれるとにわかに怪しくなる。
- 日本国語大辞典より2点
- 埼玉大学教養学部 山口仲美教授より1点
日本国語大辞典には二説が挙げられている
熟睡している様子を表わす意味に使われる「ぐっすり」の語源について、前述の小学館「日本国語大辞典」では次の二説を挙げている。
- 「クヅチ(鼾)」の転(大言海)
- クツセイ(究棲)の転(俚言集覧)
「クヅチ」すなわち「鼾(いびき)」の転
昭和7~12年(1932~37)刊の辞書「大言海」には、「クヅチ」すなわち「鼾」の転と書かれている。
ぐっすり
くずつ(鼾睡)、くずち(鼾)の語源を見よ。熟睡したる状にいう語。
そして特に「くずつ(鼾睡)」の項目には次のように書かれている。
ただれ落ちつる義、死ぬるを落ちる人と言うと、同意、名詞形に、くづちと言いて、鼾(いびき)の事ともなり。ぐたりと倒る、ぐったり臥す、ぐっすり眠る、など言うもこの語の転なるべし。正体(せいたい)なく倒れ臥して、鼾(いびき)かく。
落窪物語(おちくぼものがたり)、二、上
うれしき翁の御徳に、御あたりに今宵参りたることと思ふ。 ほどなく寝入りて、くづち臥せり
「落窪物語」は、平安時代(10世紀末頃)に成立したとされる中古日本の物語。
また「2ちゃんねる(5ちゃんねる)」にも次のような書き込みがあった。
<小学館の国語大辞典、角川の古語大辞典>某HPより
ぐっすりの語源はイビキから来ています。イビキをかいて眠り込む前にすわってコックリやっていると、やがて「クズレオチル」ようになってしまいます。
そこからイビキのことをクズレオチル
これを略して「クヅチ」→「グヅチ」→「グッヅチ」→「グッスリ」となったのです。
小学館の国語大辞典には、ここまで詳細な記載は見つからない。また角川の古語大辞典の説明には記載がない(下図)ので真偽は怪しいが「鼾(いびき)説」としては同じ。
クツセイ(究棲)の転(俚言集覧)
「俚言集覧」は寛政9年(1797年)以降に成立した国語辞書。
国会図書館のデジタルコレクションに現行の五十音順に改編して明治33年(1900)に刊行された書籍が公開されている。
ぐつつり
グツ濁促呼。グッツリ寝れたなどといふ[山述語俗言解]グッツリ同じく方言。東の方言とあり。気味よく熟睡したるをグッツリ寝クといふ
又人しらず引籠り居るをもグッツリスツコンデオルなどという
本語にて接するに究棲の二字他究○……
所々、文字がかすれていて読めない……
「東の方言」だと書いてあるので、東京(江戸)周辺で転じた言葉だったのかもしれない。
鎌倉時代の言葉「ぐす」 (「十分な」の意味) が由来
前述だがフジテレビ系列「トリビアの泉」では、埼玉大学教養学部 山口仲美教授が
鎌倉時代の言葉「ぐす」が語源
だと紹介していたが、放送では岩波の古語辞典の表紙が写っただけだった。
おそらく、調べても「ぐす=十分な」という言葉が掲載されて無かったのだろう。
私も多くの古語辞典を調査したが「ぐす=十分な」という意味では発見できなかった。
そもそも「十分な」であれば、現代において「睡眠」関係でしか「ぐっすり」という言葉が使われない理由と矛盾している。
山口仲美教授は昨年に文化功労者になられたほどの古典の第一人者ではあるが、是非ともソースをお聞きしたい。
ちなみに「ぐす」は「具す」であり、鎌倉時代には「連れて行く」として使われている。
ぐす<具す>
連れて行く。引き連れる。伴う。
出典平家物語 九・木曾最期
「木曾殿の最後のいくさに、女をぐせられたりけりなんど言はれんことも、しかるべからず」
[訳] 木曾(義仲(よしなか))殿が最後の合戦にまで、女をお連れになっていたなどと言われるのは、残念である。
鎌倉時代ではないが、九州北部の古い方言「ガシ」「グシ」が由来と書かれたページも見つけた。
「2ちゃんねる(5ちゃんねる)」上の噂話でしかないが「ぐす/ぐし」説に関わると思うので載せておく。
九州北部の古い方言で、物が非常に大きい様を「ガシ」あるいは「グシ」などという。
「ぐっすり」は、これが訛ったものである。
ちなみに、今でも西日本の一部では、「ぐっすり」と言わずに、「がせえ寝とう」(よく寝てる)という言い方がある。
まとめ
語源については明確に断定することが出来なかった。
とはいえ、現代において睡眠でしか「ぐっすり」が用いられないのは、「ぐっすり」の語源が「いびき」から来ており、その他の用途が「混交」だったと考えるのが自然な流れ。
今後も継続的に調査をしていく予定なので、情報をお持ちの方は教えてください。