【セミの一週間】
日曜日に この世に生まれ、夢と希望を抱いていた。
月曜日に 友達できて、火曜日に 友達死んだ。
水曜日は 友達死んで、木曜日も 友達死んだ。
金曜日は ひたすら鳴いて、土曜日に 覚悟を決めた。
ツクツク ツクツク ホウシ・・・・・
次は僕が死ぬ
全米が泣いた……
僕は一週間を舐めて生きていた。
日曜日に パワポを書いて〜
金曜日も パワポを書いて〜
学校で配布される「みんなの歌」にも掲載されている「一週間」という曲がある。
日本では ボニージャックスという男性コーラスグループが、昭和30年代から歌って好評を博していた。
歌詞は二種類存在する。理由は後述するが、まずは見て欲しい。
【みんなの歌(1963年4月)版】
日曜日に 市場に出掛け 糸と麻を買ってきた。
月曜日は お風呂を焚いて 火曜日は お風呂に入り
水曜日な 友達がきて 木曜日は 送っていった
金曜日は 糸巻きもせず 土曜日は おしゃべりばかり
友達よ これが私の 一週間の 仕事です
テュリャ テュリャ テュリャ ・・・
【楽団カチューシャ訳詞(1954年)版】
日曜日に 市場に出掛け 糸と麻を買ってきた。
月曜日は お風呂を焚いて 火曜日は お風呂に入り
水曜日にあの子とあって 木曜日はおくっていった
金曜日は 糸巻きもせず 土曜日は おしゃべりばかり
恋人よこれが私の 一週間の仕事です
テュリャ テュリャ テュリャ ・・・
いや……「これが私の 一週間の仕事」と言われても……
あんた働けよ。働いてないよね?
© ドラゴンボール/鳥山明/集英社
このように
市場で買った糸と麻は結局用無しやんけ!
とか
糸巻きはいつしてるんだ?
とか
月曜日に炊いた風呂に 何故その日に入らないんだ?
お湯が冷めるだろう!追い焚きしたのか!?
とか、、謎めいていてツッコミどころ満載な曲。
ところが正しく理解すると、当時のロシアの庶民の生活/文化を知れる歌詞だと分かる。
正調の歌詞(ロシア語の直訳)
この曲はロシア発祥(実際はウクライナ)。
作詞・作曲者不詳
19世紀(1890年あたり)の民謡といわれている。
※ ロシア革命前夜というべき時代で、ロマノフ王朝が倒れつつありソヴィエトに移行する混乱過度期。
正調の歌詞を知らないと話を始められないので歌詞と動画を載せておく。
現地ロシアでは残念ながらあまり知られていない。
НЕДЕЛЬКА
一週間В воскресенье я на ярмарку ходила, Веретён да кудельку купила;
日曜日に 私は定期市へ出掛け 紡錘と麻糸を買ったВ понедельник я банюшку топила, А во вторник я в банюшку ходила;
月曜日に 蒸し風呂を焚いて 火曜日は 蒸し風呂に入りに行ったТебя, миленький мой, в среду встречала, А в четверг я тебя провожала;
水曜日は私の愛するあなたと会って 木曜日はあなたを見送ったЭх, да в пятницу не прядут, не мотают, Во субботу всех померших поминают;
ええ、金曜日には誰も 糸巻きをしなければ、巻き取ったりもしない 土曜日はみんな亡くなった人々の安らぎを祈るの
Так-то, миленький мой, ласковый Емелька, Проработала всю эту я недельку;
私の愛する優しいエメリカよ、 私は一週間こう働いてきたのТюря, тюря, тюря, тюря, тюря, тюря-ря,
テュリャ テュリャ テュリャ ・・・・・
ロシアの検索エンジン「Yandex」でロシア語の「一週間」の動画を見つけた。
動画像は韓国のアイドルグループ「HELLO VENUS」のコラだが、違和感が無いぐらい原曲は明るい曲調でアップテンポだ。
原曲を見てみると、ほぼ楽団カチューシャの歌詞通りであるものの、部分的に若干の違いがある。
例えば、市場から買ってきたのは、原曲では糸ではなく「紡錘」だったり、月曜日に炊いた「お風呂」が「蒸し風呂」になっている。
時代背景を考慮した正調の歌詞説明
ロシア語で「一週間」は「Неделька(ニジェーリカ)」。
これはある庶民の娘の一週間を日曜日から土曜日までを愛する男性に一日ずつ綴っていく歌。
「紡錘(ぼうすい)と麻糸」とは何か?
日曜日に買ってきたものは糸の原料となる「麻糸(кудельку)」とそれをつむぐための道具「紡錘(Веретен)」との2つの商品。
なお、(西方系の)キリスト教では日曜日は安息日で市場は閉じているが、ロシア(東方系のキリスト教)は土曜日が安息日のため、日曜日にも市場は開いている。
- 西方系(カトリックやプロテスタントなど)
- 東方系(ギリシア正教を教義とするロシア正教会やグルジア正教会など)
全く仕事をしてないのか?
この娘は歌の中で家事を淡々と行っている。
そして月曜日から金曜日(特定の日除く)まで「糸紡ぎ」をして働いている。
グリム童話「眠り姫」などでも、村の女達が一部屋に集まっておしゃべりしながら糸つむぎをしていたように、糸紡ぎは女性の大切な仕事だ。
「テュリャャ(Тюря)」とは何か?
囃し言葉の「テュリャ(Тюря)」とはロシアの塩味スープのことを指す。
具体的には、黒パンを砕いて塩水やクワスなどに浸した冷たいスープ。
また、俗語で「ぐず、のろま」の意味もある。
ただし、この曲で使われているテュラテュラは伴奏のようなもので特に深い意味はない。
「蒸し風呂」とは何か?
原詞の単語はбанюшку(バーニュシクゥ)で、これは蒸し風呂を意味するбаня(バーニャ)に縮小辞がついたもの(ここでは対格)。
「蒸し風呂(バーニャ(баня))」とは「ロシア式サウナ」のこと。
© ゴールデンカムイ/野田サトル/集英社
ロシア年代記には、10世紀ごろには、既に伝統的な蒸し風呂が行われていたことが記されている。
月曜日に炊いた風呂に その日に入らない理由
小部屋の中で石を真っ赤になるまで焼いてから水を掛け、その蒸気を浴びる蒸気浴が代表的だが、一年中気温が低く寒いロシアでは石を焼くのに手間暇がかかった。
また、当時ロシアでは女性は男性より先に入浴したり、月曜日と水曜日に髪を洗ったりすることはできなかった。
月曜日に「蒸し風呂」を炊いて隣近所の人たちや友人にも入ってもらい、自分や女性陣たちは翌日の火曜日に入ったと思われる。
【参考】ロシア風呂で行われた女性の禁止事項(ロシア語)
「エメーリカ(Емелька)」とは誰か?
エメーリカは娘にとって愛しい男性のこと。
一週間に一度しか会えない寂しさを歌ってる。
エメーリカ(Емелька)はラテン語起源の男性名で、フルネームはエメリャン(Емельян)。
金曜日に「糸巻き」をしない理由は?
金曜日に糸巻きをしないのはさぼっているからではなく、宗教上の理由。
それは、ロシアの土着の信仰とキリスト教が影響し合った結果生まれたパラスケーヴァ・ピャートニッツァ信仰。
パラスケーヴァは女性の家内労働の守護者とされており、金曜日は「安息準備日」となっている。
また、ウクライナ地方に伝わる東スラヴ神話の中に「モコシ(Мокошь)」という地母神がいる。
大地を神格化した豊穣の神、女性労働の守護神とも言われており、更に金曜日の守護神でもある。
モコシは、キリスト教が入ってくると、前述の聖女パラスケーヴァ・ピャートニッツァと同化し、結婚や出産・家事などの女性の生活や、大地の恵みと繁栄を司る女神として崇められるようになった。
要するに「金曜日はモコシの日」とされ、糸紡ぎの仕事も水仕事もしてはならないとされている。
土曜日はおしゃべりばかり?
楽団カチューシャ訳では「土曜日はおしゃべりばかり」だが、実際は「先祖の供養」。
これもスラヴ神話に由来する。
ロシアとセルビアでは土曜は共に死者僕義の日であり、セルビアではこの日に生まれた者は不幸になるが、その代わり魔女を見分ける能力を授かる、と考えられた。
なお「スラヴ民衆文化における週と曜日」は次のようになっている。
曜日 | 制約事項 |
---|---|
月曜日 | 月曜日は不吉な[黒い]日だ。何事も始めてはいけない、旅に出てはいけない |
火曜日 | 火曜日は幸福な日だ |
水曜日 | 月曜と水曜と金曜には事を始めるな。糸紡ぎ、洗濯、ペチカを焚くことなどをタブー |
木曜日 | 木曜日は折り返し(特によくも悪くもない) |
金曜日 | 聖パラスケヴァの日。糸紡ぎ、機織りなどの女性の家内労働はタブー |
土曜日 | ロシアとセルビアでは土曜は共に死者僕義の日 |
日曜日 | 婚約によい日 |
日本版の歌詞が2つある理由
日本では「楽団カチューシャ」による訳詞が有名だが、「みんなのうた」版は歌詞が一部変更されている。
前述どおり3番の「あなたと逢って」が「友達が来て」、5番の「恋人よ」が「友達よ」になっている。
この理由は、当時 NHK「みんなの歌」を担当していた志村建世氏が理由をブログに綴っていた。
本来は「水曜日にあなたと会って 木曜日に送って行った」であり、最後の部分は「恋人よこれが私の……」だったのだが、当時のNHKの子供番組では「恋はご法度」と思われていたから、ここを「水曜日に友だちがきて 木曜日に送って行った……」そして最後も「友だちよこれが私の……」と、無難な言葉に変えて放送したのだった。
原訳詞者の「楽団カチューシャ」さんには電話して了解を得たとは思うのだが、文書をやりとりした覚えはない。
ところが、いつの頃からか「みんなのうた」には日本ビクターの提供による楽譜が発行されるようになった。
実際は上記の事情だから、「楽団カチューシャ」版が正統であることは疑いの余地もない。
謎が完全に一つ解けた、ありがたい。
おわりに
これまで見てきたように、この歌詞の主題は、この家の娘さんが、愛しい恋人に向けた素朴な彼女の胸のうちを語った歌。
なお、西暦1900年前後のロシアの流行歌であり、ロシアの民謡ではないとも書かれているが、証拠を見つけることはできなかった。
19世紀ごろに誕生したチャストゥーシカというロシア民謡の形式ではあるが……。
なお、日本ブログでは「金曜日が年末年始だから仕事をしてない」と意味不明な解釈が多いが、ロシア語や英語による解説では一切見かけなかった。
スラヴ神話について書かれてないブログはロシアの文化を知らないので信じなくてよい。