格言「魚を与えるのではなく釣り方を教えよ」の語源が「老子」説はウソ(1/2)

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魚を与えるのではなく、釣り方を教えよ

 
 

これは、なんだか非常に奥が深そうでカッコいい。

中二マインドにめちゃくちゃクる。

(国際)教育の世界ではよく出てくる言葉の一つで、釣り人にも人気のある言葉だ。

 
 

英語だと意味が分かりやすい。

Give me a fish and I will eat today; teach me to fish and I will eat all my life.

人に魚を与えれば、一日の糧となる。人に魚を捕ることを教えれば、一生食べていくことができる

Give me a fish and I will eat today; teach me to fish and I will eat all my life.

 
 

世界中で知られており、多くの人が一度は耳にしたことがある釣りに関わる格言だ。

さて、この言葉を最初に言ったのは誰だろう?

ネット検索すると多くの人が

 

老子の言葉

 
と書いている。

 

だけど、さまざまな老子関係の本や百科事典・辞典を見ても、老子出典説を裏付ける記述はなかった。

 
 

さらに海外サイトなどを確認すると、中国説だけでなくユダヤ教、東南アジア、イタリア、スペイン、アメリカ、アフリカ起源、聖書など諸説見つかった。

 

魚を与えるのではなく釣り方を教えよ

 

前にも似たような調査をしたね。

中国人の知らない中国の諺「永遠に幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい」の真実
本日も調子にのって釣りに行ったら、速攻でトリックサビキの仕掛けが切れて損失。何だよクソが、千葉で釣りを再開してからボウズばかりじゃねぇかよ。ボウズだと日記にならないんだよ・・・。海が汚くて魚が少な過ぎるんじゃないのか...

 
 

ことわざの起源を中国の哲学者または他のアジアの起源に帰することは一般的な慣習

だと覚えておいた方が良い。そして大抵が正しくない。

 
 

インターネットの普及によって物事を簡単に調べることができる時代になった。

ただし その真偽を判断するのはなかなか難しい。

 
 

けれども、子供や国を指導する立場の塾の講師や校長、議員が
 
 

「魚を与えるのではなく、釣り方を教えよ」

これは老子のことわざです。

 
 
と引用してるのを見ると

 
 
「この人は、真偽も確認せずに鵜呑みにするタイプなんだ」

 
 
と感じてしまう。

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各国のことわざ発祥説を調査する

この「ことわざ」は日本のものでは無いので、グーグル翻訳を使いながら各国の関係サイトを調査してみた。

また既に多くの人が調査しており、ある程度の結論が出ているようだ。

今回は内容が多かったので上記の結論をまとめる形の記事になるが、独自調査を行い中だ。

中国のことわざ説

简体:授人以鱼不如授人以渔(授之以鱼不如授之以渔)
繁体:授人以魚不如授人以漁

(人に授けるに魚を以ってするは、漁を以ってするに如かず)

という中国語のことわざが語源だと書かれたサイトが多い。
 
 

飢えている人に魚を捕ってやれば一日は食べられる。魚の捕り方を教えれば一生食べることができる
 
 

という意味なので、確かにどんぴしゃり。

「ことわざ辞典」でも中国起源説

2008年出版の「テーマ別英語ことわざ辞典」(安藤邦男)に

魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ

と掲載されている。

テーマ別英語ことわざ辞典

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そして「中国起源のことわざ」と書かれている。

出典の記載はない。

「老子」説は誤り

この議論は幾度となく繰り広げられたのだろう。

中国の検索エンジンである百度が2006年4月に公開したオンライン百科事典「百度百科」。

ここに注意書きがあり「老子説」を明確に否定している。

注:此话并非出自我国古代道家学派著作——《老子》

注:この文は、我が国の古代の道教学派である「老子」のものではない。

授人以鱼不如授人以渔_百度百科
授人以鱼不如授人以渔,说的是传授给人既有知识,不如传授给人学习知识的方法。道理其实很简单,鱼是做事目的,捕鱼是做事的手段,一条鱼能解一时之饥,却不能解长久之饥,如果想永远有鱼吃,那就要真正学会捕鱼的方法。...

 
 
 

老子説を信じている人たちは、どこに出典を求めたの?

 
 

 
 

教育者や指導者が、まさか又聞きをそのまま信じたってこと無いよね?

淮南子(えなんじ)、董仲舒(とうちゅうじょ)説は誤り

グーグル先生で検索して上位に出てきたサイト。

老子の書いた淮南子(えなんじ)の中にこんな言葉があります。

[引用] 「魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ」

学習法指導塾のサイトらしい。

 
 

これは、2つの間違いを犯してしまっている。

  • 1)「淮南子」は老子が書いたものではない
  • 2)「淮南子」にこの「ことわざ」は掲載されていない

特に「1)」は学習塾としては致命的な間違いな気がするなぁーー。

 
 

「淮南子」は中国前漢の高祖の孫で淮南王の劉安 (前 179?~前 122) が編集させた論集。

因みに老子は紀元前6世紀頃の人とされており時期が全く異なる

ただし、老荘思想を中心にした論集なので、老子の思想はふんだんに取り入れられている。

「淮南子」はインターネット上の電子図書館「中国哲学書電子化計画」で閲覧可能だ。

「説林訓(南子·说林训:卷十七说林训全文阅读)」に次の文書が載っている。

臨河羨魚不如帰家織網(簡体字:临河而羡鱼 不如归家织网)

淮南子 : 說林訓 - 中國哲學書電子化計劃

これを日本語にすると、

 
 

河に臨んで魚を欲しいと思うよりも、家に帰って網を編んだ方がいい

 
 

であり、意味は

 
 

成功した人を羨ましいと思うよりも、成功するためにコツコツ努力した方がいい

 
 

となる。なので少し意味が違う。

それ以外は見つからなかった。

 
 

因みに、「百度百科」には「董仲舒」も原文として紹介している。

董仲舒(紀元前176年 – 紀元前104年)は前漢の儒学者だ。

如以湯止沸,抱薪救火,愈其亡益也。竊譬之琴瑟不調,甚者必解而更張之,乃可鼓也;爲政而不行,甚者必變而更化之,乃可理也。當更張而不更張,雖有良工不能善調也;當更化而不更化,雖有大賢不能善治也。故漢得天下以來,常欲治而至今不可善治者,失之於當更化而不更化也。古人有言曰:「臨淵羨魚,不如退而結網。」

こちらも「淮南子」と同様の記述がある。

イギリスの作家の小説が起源説

では、海外で支持されている起源は一体何か?

 
 

それは、イギリスの作家、アン・イザベラ・サッカレー・リッチー氏の1885年の小説「ダイモンド夫人」。

この中で、この「ことわざ」が使われているのが最初だとwiktionaryやWikipediaに記載がある。

“The oldest English-language use of the proverb has been found in Anne Isabella Thackeray Ritchie’s (1837–1919) novel, Mrs. Dymond (1885), in a slightly different form.”

英語の文献で最初に見られるのは、Anne Isabella Thackeray Ritchie’s (1837–1919) 著『Mrs. Dymond』(1885)のなかの以下の記述。

give a man a fish and you feed him for a day; teach a man to fish and you feed him for a lifetime - Wiktionary

 
 

で具体的な文章は次の通り。

 
 

“He certainly doesn’t practise his precepts, but I suppose the patron meant that if you give a man a fish he is hungry again in an hour; if you teach him to catch a fish you do him a good turn.”

彼は全く彼の教えを実践していませんが、あなたが男に魚を与えると、彼が1時間後に再び空腹になることを意味します。あなたが彼に魚を捕まえるように教えるのであれば、親切な行いでしょう。

Google Books

日本のWikipediaでも次のような記載がある。小説内の文と違うけど。

彼女の1885年の小説、ダイモンド夫人には、「男に魚を与えれば、あなたは彼に1日餌をやる。男に魚を教えれば、あなたは彼に一生餌をやる」ということわざの最も初期の英語の使用が含まれています。

https://ja.wikiarabi.org/wiki/Anne_Isabella_Thackeray_Ritchie

スペイン(ユダヤ教)のことわざ説

12世紀にスペインのユダヤ教徒のラビ(宗教的指導者)であるモーシェ・ベン=マイモーン


 
 

貧困を救うためには商売を教えろ

 
 

と言ったのが1826年に「The Religious Intelligencer」で英訳されて紹介されたのが最も古いと書かれている。

Lastly, the eighth and the most meritorious of all, is to anticipate charity by preventing poverty, namely, to assist the reduced brother, either by a considerable gift or loan of money, or by teaching him a trade, or by putting him in the way of business, so that he may earn an honest livelihood and not be forced to the dreadful alternative of holding up his hand for charity.

The Religious Intelligencer, 第 10 巻

【訳】

最後に、8つ目の最も立派な方法は、貧困を防ぐことで慈善を期待することです。つまり、減らされた兄弟を助けるために、かなりの額の贈り物や金銭の貸し付け、あるいはトレードを教えたり、商売の方法を教えたりして、まっとうな生計を立てられるようにし、慈善のために手を差し伸べるという忌むべき選択肢を迫られないようにすることです。

The Religious Intelligencer

 
 

この表現がその後徐々に変化して

「If you give a man a fish, he will be hungry tomorrow. If you teach a man to fish, he will be richer forever.」

という今風の表現になった。

 
 

うーん、無理があるんじゃない?

 
 

ここまでの まとめ

老子のことわざでは無い。

紀元前122年までに中国で「魚が欲しければ、家に帰って網を作れ」ということわざは生まれている。

英語ではイギリスの作家、アン・イザベラ・サッカレー・リッチー氏の1885年の小説「ダイモンド夫人」で使われたのが最も古い。

 
 

また「貧民に商売を教えろ」という趣旨のことは12世紀にユダヤ教のラビが文章に残している。

それが英語圏で「魚を与えるのではなく漁を教えろ」に徐々に変わった。

 
 

うーん、納得がいかない。

 
 

何とかして、他の原文を見つけたい……。

つづく。

格言「魚を与えるのではなく釣り方を教えよ」の語源が「老子」説はウソ(2/2)
前回の続き。Give me a fish and I will eat today; teach me to fish and I will eat all my life. 人に魚を与えれば、1日の糧となる...
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